恋は語らず -Chapter.3-

15

 準備室の中は壁際にぎっしりと書棚や物置が並べられた、雑多な物にあふれた狭い空間だった。その部屋の扉近くに置かれた古ぼけたソファの上で、ふたつの体が重なり、動いている。
 思いがけず近い距離にぎょっとして、二反田は身じろぎもできなくなった。いくらなんでもこれは近すぎる。
 今さらながら覗くべきではなかったと後悔しながら、音を立てないよう、とにかくこの場から退散しようと考えたそのとき、再び押し殺した喘ぎ声が上がった。
「と、き……、もうやめ……っ」
 え? と反射的に声のした方を見た。
 ソファの上で、重なり合っている体。ふたりとも長身であるため、こちらに向いた足はソファから大きくはみ出している。あと少しで、開いた扉につま先が届きそうなほどだ。逆に頭のある位置は、扉からは離れている。
 わずかな隙間から中を覗き込んでいる二反田の姿は、向こうからは見えづらいだろうが、二反田のほうからはふたりの姿がよく見えた。
 二反田はあんぐりと口を開け放った。自分の目が見たものが、信じられなかった。
 ソファに横たわっていたふたり、よりにもよって高校の校舎の中で、淫らな行為に耽っていたのは、早瀬と土岐だった。それだけでもショックなのに、二反田が当たり前のように想像していたものとは、ふたりの上下関係が決定的に違う。
 ソファに押し倒され、男の体の下でなまめかしい吐息を時折漏らしながら固く目をつむっている早瀬の姿を、二反田は茫然と眺めた。
 ソファの足元には、二人分の制服の上着が投げ捨てられている。
 早瀬はシャツの前を大きくはだけられ、その下に着込んだTシャツも胸元までまくりあげられていた。ズボンは下着とともに膝まで下げられていて、早瀬が自由に動くのを阻んでいる。
 対照的にほとんど衣服を乱さない状態で、大きく割り開かせた早瀬の足の間に土岐の体が入り込んでいた。その体が前後に揺れ動くたび、早瀬が息を呑み、あるいはこらえ切れないように小さな悲鳴を噛み殺す。
 早瀬の顔はひどく苦しそうで、だが間違いなく快感を得ていることを示すように、両腕は土岐の背中を強く抱きしめ、ほのかに赤らんだ目許のあたりには、涙の粒とともにぞくっとするほどの艶がにじんでいた。
 常にないやわらかな眼差しでその表情を見下ろしていた土岐が、その時ふと顔を上げた。首を巡らせ、視線を背後に流す。至近距離で眼が合った二反田は、心臓が飛び出しそうなほどに驚いた。しかし土岐は二反田がそこにいたことをはじめから知っていたように、わずかな動揺すら示さずふっと微笑むと、状態を傾けて早瀬の頭を抱え込み、見せつけるように深く口づける。
 すると苦しげだった早瀬の表情に、陶然とした色が混じり込んだ。固く閉ざしていた瞼をうっすらと開くと、その眦からぽろりと涙が一滴落ちる。背中に回していた腕をずらして自分からも土岐の首筋をかき抱くと、舌を差し出して仕掛けられた口づけに応えた。
 土岐が再び腰をうごめかすと、合わさった唇の隙間から、小さな叫び声のような早瀬の嬌声がこぼれる。
(……早瀬が、男に…………?)
 ナニされてしまっている。
 信じがたい光景に、二反田の頭の中は劫火に焼き尽くされたように真っ白になった。ただ茫然と、目の前の二人の姿に見入る。
 そして二反田はあることに気付いた。土岐の手に包まれて、濡れた音を立てながら愛されている、それ。長さのあるそれはぴんと反り返り、淫らな行為に恥じ入るように先端をふるふると震わせている。
 ふつふつと透明な液体がそこから溢れ、茎を握り込んだ土岐の手の上に伝い落ちていた。その卑猥な様を見つめながら、二反田は無意識のうちに唇を動かしていた。
「……なんだ、本当に勃つのか」
 その声は、早瀬の押し殺した吐息くらいしか音のなかった空間に、よく響いた。
 羞恥と快楽に溶け崩れていた早瀬が瞬時に正気を取り戻し、声のした方に視線を向けた。そしてそこに二反田の姿を見つけ、口を開け放って絶句する。次の瞬間には、カッとその全身が朱に染まった。
 動転しきって体を隠そうとするが、土岐の手に急所を握り込まれている上、絡まった衣服が邪魔で上手くいかない。もがいていると、土岐が体を動かした。離すのではなく、近づく方向へと。悠然と揺すり立てられ、早瀬が声にならない悲鳴を上げる。
 必死に暴れる膝頭を片掌で受け止め、そこに土岐が口づける。脛のほうまでいやらしげに舌が伝い落ち、早瀬の爪先までがひくっと震えた。
「あ……、んぁ、あ……っ」
 苦しげな声を上げて、早瀬が息を詰める。そして次の瞬間、張り詰めきった早瀬の欲望が解放の白いしぶきを噴き上げるのを、二反田はその目ではっきりと見た。
「……っ!」
 出し抜けに。
 下肢に焔が立ったような錯覚を覚え、二反田は息を呑んだ。
 こめかみを通る血流が膨らみ、ドクンドクンと鼓動に合わせて大きな音を立てる。脳天から爪先まで電流が走ったような痺れを感じ、二反田は背筋を大きく震わせた。
「あ、ああ、うああ……」
 これまで経験したことのない激しい情動に戸惑っているうちにも、体の中心に位置するそこはどんどん熱く昂り、二反田を切羽詰まった状況に追い込んでいく。
「うわああああーーーー!!!!」
 もう何を考えている暇もなかった。二反田は絶叫とともに大きな音を立てて準備室の扉を閉めると、その場から脇目も振らず遁走した。

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