恋は語らず -Chapter.3-

13

 森岡の思い込みは強固だった。
 彼の考えが誤解であることを納得させるまで、結局二反田は星辰高校の廊下から、乗り込んだ車が走り出してからもしばらくの間説得し続ける羽目になったが、それでも病院の前に着くころにはなんとか、二反田が自分自身に使用するためあの薬を求めたわけではないと、森岡に理解させることに成功した。
 主人にとんでもない恥をかかせてしまったことに気づき、ひたすら恐縮して平謝りする森岡に、二度とこんなことがないように厳しく言って聞かせてから、病院にはもちろん入らずに車を戻させる。
 数台のタクシーが客待ちしている道路脇には、落葉樹の並木が整然と連なっていた。初夏の季節には滴るような緑がさぞかし人の心を和らげるのだろうが、葉がすっかり落ちきった今の時期には、ずいぶんと寂しげな光景に思える。裸の木々の合間から覗く、暮れかけた空の色を車内から見上げ、二反田は眉根を寄せた。
 森岡の勘違いのせいで、よけいな時間を食ってしまった。今日はもう自邸に戻るしかない。せっかく勇んで早瀬の元に赴いたものをと考えると口惜しかったが仕方ない、どちらにしろ手に入れた薬を早瀬がどうしても使いたくないというのならば、また何か別の手を考える必要がある。
 それにしても、早瀬は結局不能なのか、それともそうではないのか。
 懸命に疑惑を否定していた早瀬の顔を思い出す。あれほどムキになって言い募るというのは、かえって疑惑が真実であるとしか思えないが……。
 些細な行き違いで二反田のことを不能だと誤解した森岡の、ごま塩頭を見つめる。この森岡が頭から思い込んでしまったように、もしかしたら二反田自身の考えも思い込みだったという可能性も万に一つ、ないともいえない。
 首をひねって考え込み、挙句ひねりすぎて首筋の筋肉がつりそうになって、二反田は慌てて正面に向き直った。ふっと息をつき、とにかく、と考えをまとめる。
 まずは早瀬の健康状態を正確に把握することが必要だ。その上で、やはり早瀬のその部分が機能不全だった場合は、その治療をサポートすることにしよう。また、もしそちらの機能に支障がなかった場合は、改めて魅力的な女性を紹介し、誤った道に片足を踏み込みかけているらしき早瀬を救い出してやるのだ。
 ――そのためにも、あの男の存在は必ず排除しておかねばな。
 親の敵のように森岡の後頭部を睨みつけながら、二反田は固く心に決める。
早瀬と付き合っているとかいう噂のある男、土岐雅義。今日もあの男は早瀬の近くにいた。最初はいなかったのに、二反田の姿を見かけ、わざわざ後からついてきたのだ。
 そしてそのあとはずっと早瀬の傍から離れなかった。誰も呼んでなどなかったのに、なんて図々しくて馴れ馴れしい男だろう。そのくせ騒動が起こったときも、ひとりだけ素知らぬ振りで超然としていたのも、思い返せば気に障る。
(あんな情がなさそうで、しかも底意地の悪そうな男と、たとえ友人としてのつきあいだろうと続けるべきではない。まして恋人としての関係なんて、あるわけがない、あっちゃいけない、いや、絶対にありえないっっ!!)
「――はい?」
 出し抜けに声が返ってきて、二反田はいつの間にか大きく開いていた口を急いで閉ざした。どうやら心の声が、口から漏れ出していたらしい。バックミラー越しに送られてくる森岡の心配げな視線を追い払うように軽く手を振り、口と同様、いつの間にか固く握りしめていた拳をほどく。両腕を組み、深々と吐息してシートに身を預けた。
 数日前、あの男と早瀬が口づける姿を目撃した。しかしあのくらい、冗談の範囲で十分収まる程度の行為だ。そもそも早瀬が同意した様子もなかった。あれはあくまで土岐とかいうあの眼鏡の男が、一方的に仕掛けたものだ。
 もし仮に。そう、あくまで仮定においての話だが。あの二人が今現在特殊な関係にあったとすれば、それはきっとあのキス同様、土岐が早瀬をたぶらかし、誘導しているに違いないのだ。以前の派手な交友歴をみる限り、早瀬が性的にノーマルな女好きであることは確実なのだから。
 あの情緒の欠片もなさそうな男が早瀬を誘惑する姿は想像しづらいが、悪知恵だけは無駄に働きそうなタイプだ。また早瀬は早瀬で、押されると弱いところがある。友人から強引に迫られ、ろくな意思表示もできないでいるうちに、いつの間にか、ずるずると深みにはまってしまったのではないだろうか。
 ふっと脳裏に具体的な映像が浮かびそうになり、二反田は慌ててそれを打ち消そうとした。
 冗談ではない。なんで楽しくもない男同士の絡み合いを、二度も三度も想像しなくてはならないのか。
 だが意識を逸らそうとしても上手くいかず、脳内の想像、いや、妄想はますますはっきりとした形をとっていく。
 もともと二反田は過剰なまでに想像力の発達した人間だった。そんなおぞましいことなど考えたくないと思っても、一度芽吹いてしまった考えは見る見るうちに茎をのばし葉を茂らせ、二反田の脳内にしっかりと根を張っていく。そして当人の意志に逆らい、彼を再び、恐るべき眩惑の淵へと引きずり込んでいったのだった……。




*** ふたたびご注意 ***
リバや妄想の類が苦手な方はここから先の文章を読まれないことを、くれぐれもお薦めします。
苦情は受け付けられませんので、なにとぞご承知置き下さい。




 ――――ふいに頬に這わされてきた手に、早瀬は戸惑いもあらわに瞬いた。
 肌の質感を確かめるように、触れてきた手は早瀬の頬骨の上をたどり、睫毛をかすめて、何事かをそそのかすような微妙な動きを繰り返す。その掌は早瀬の片頬をすっぽりと覆ってしまう大きさで、その肌はさらりと乾き、やわらかさというものにおよそ欠けていた。
 目線を上向け、自分に触れている男の顔を見る。そう、特別な意図を示して今早瀬に触れているのは、男だった。それも友人として付き合っているはずの男。それが何故こんな誘いかけるような眼差しを向けてくるのか、早瀬にはまったく分からないでいる。
 その困惑を見透かしたように、土岐がくすりと笑みをこぼした。掌と同じく硬い指先が、中途半端に開かれた早瀬の唇の上をすっとたどる。何か言おうとその唇が動きかけたが、声を漏らす前に、寄せられた土岐の唇にふさがれてしまった。
 うっとりと細められながら相手の反応をうかがう娼婦のような眼鏡越しの瞳と、パニックに陥ってぐるぐると動き回る瞳が至近距離でかち合う。眼鏡越しの視線が片目だけさらにすがめられ、湿った淫らな音とともに、重なっていた唇がいったん離された。は、と大きく息を吐き、いつの間にか押し倒されていたベッドの上で早瀬が身を起こそうとする。
「土岐っ、おい、ちょっと、……ぅ」
 だがその動きは、かけていた眼鏡を邪魔そうにはぎ、再び身を寄せてきた土岐によって妨げられた。今度の口付けは深かった。喉の奥まで犯そうという勢いで土岐の舌が伸び、早瀬の口内を我が物顔で荒らし回る。
 そうしながら、着込んでいたシャツのボタンを土岐が片手で外していく。
 まず喉もとが露になり、続いてくっきりと隆起した形良い鎖骨がさらされ、やがて薄赤く色づいた乳首が姿を現す。白い肌の中でひときわ目立つ赤い粒は、そこだけを見れば、女性のそれとあまり変わらなかった。キスを続けながらも、早瀬の眼は土岐の胸に釘付けになる。
 唇が合わさったまま、ごくり、と二人分の唾液を早瀬の喉が飲み下した。名残惜しそうにその口内をもう一度ひと巡りして、土岐の唇が離れていく。わずかに体を放し、ボタンを最後まで外して、土岐がもったいぶるようにゆっくりと、自分のシャツの前をはだけていく。暗がりに浮かぶ白い肌。差し出された肉体を拒むことができず、早瀬はふらふらと自ら土岐の胸に唇を寄せていった。
 ちゅ、と吸いつかれ、土岐がしなやかに背をのけぞらせた。突き出された胸に最初はためらいがちに舌を這わせていた早瀬だが、普段の冷めた様子が嘘のように扇情的な土岐の眼差しや吐息に理性をはぎ取られ、舌先での愛撫が徐々に激しく、執拗になっていく。
 早瀬が白い歯を剥き出しにしてつんと突き出た乳首を甘噛みすると、感じ入ったような声が土岐の唇からこぼれた。濡れた息が首筋にかかり、ぞくっと早瀬は全身を震わせた。
「早瀬……」
 耳朶を愛撫するように、さらに濡れた吐息をこぼしながら、土岐は興奮を示してあからさまにズボンの生地を押し上げている早瀬の下肢に片手を伸ばす。気づいて慌ててその手を止めようとした早瀬の手をかいくぐり、ズボンの前たてから中に指先を忍び込ませながら、自分を誤魔化すな、と土岐が囁きかけた。
「気持ちいいことが大好きなんだろう? ちゃんとその気にさせてやるから、なにも考えずに楽しめよ、早瀬……」
 しなやかな指先に翻弄されながら、悪魔のようにそそのかされ、土岐の体を押し返そうとしていた手から力が抜ける。
 いったんベッドの上に落ちた手が、我慢しきれなくなったように持ち上がり、己の欲望を握り込んでいる土岐の手に重なるまでは、ほとんど時間はかからなかった。ふたつの手が絡み合い、同じ動きで勃ち上がったペニスをこすり立てる。
 脳天がしびれるような強い刺激に、早瀬はこらえきれないうめき声を漏らした。だがあとちょっとで頂点を極めようというところで、しかし土岐の手が不意に動きを止めてしまう。
「土岐……?」
 絡まったままの自分の手の動きまで一緒に止められ、早瀬がひどく焦れた顔になった。
 もはや一刻の猶予もならないのだろう。土岐の手を解き、先走りで濡れ光り、雄々しく勃ち上がったままの己の欲望を再び慰めようとする。だが土岐が再びそれを止めた。苛立つ早瀬の唇にひとつキスを落とし、その長身に乗り上げるようにして、酷薄そうな唇に笑みを刷く。
「――焦るな、もっと気持ち良くしてやる」
「え?」
 片手を早瀬の肩に置き、もう片手を早瀬の欲望に添えて、位置を確かめながら土岐がゆっくりと腰を沈め始めた。描いたような眉が苦痛に寄せられ、くっと唇を噛む。
 勃ち上がった自分のそれが土岐の後孔に咥えられ、ゆっくりと飲み込まれていくのを、早瀬は信じられないような目で見つめていた。強烈な締めつけと、体内の熱に煽られ、早瀬の眉間にも深い皺が刻み込まれる。
 じわじわと早瀬の欲望が土岐の中へと吸い込まれていく。その腰が沈みきったとき、本能のままに早瀬は土岐の腰をつかみ、激しい突き上げを――…、

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