――――気づくと二反田はいつの間にか外にいて、校門に向かってふらふらと歩いていた。
門の脇で直立不動の体勢で待っていた運転手の森岡がその姿に気づき、「お帰りなさいませ」とうやうやしく頭を下げたが、二反田は制帽に包まれたごましお頭をうつろな目で眺め下ろしただけで、何も言わずにドアを開け放たれた車に機械的な動きで乗り込んでしまう。
主人の様子がおかしいのを見て取り、森岡が心配げに眉を寄せたが、放心状態の二反田はそんなことにすら気がつかない。その脳内では、さきほど見てしまった男同士のキスシーンがエンドレスでリプレイされ続けており、ぐるぐると巡る映像に二反田は頭がおかしくなりそうだった。
あのあと、土岐から出し抜けにキスされた早瀬は、すぐ我に返り抵抗した。
土岐も互角の体格である早瀬を無理に押さえ込むつもりはないらしく、あっさりと腕をほどいて、彼が身を離すのに任せた。
早瀬の顔は、毛細血管がいくつかまとめて切れてしまったのではと心配になるほど真っ赤に染まっていた。そして羞恥のためか屈辱のためか、ぶるぶると拳を震わせながら、とっさにこう叫んだのだ。「おまえ、いったいなに考えてんだ!? こんなとこで!!」、と。
(――ここじゃなければやっているのか!?)
思わぬ早瀬の言葉に二反田はガツンと頭を殴られたような衝撃を受け、パニックに陥った。そこへさらに駄目押しのように、あたりを憚らぬよく通る声で、行成が言わなくてもいいことをつるっと教えてしまう。
「なに言ってんの、早瀬ったらー。俺がさっき戸を開けたとき、まさにこの場所で、うっとりした顔で土岐とチューしてたじゃん。ギャラリーがひとりや二人増えたくらいで、いまさら照れて出し惜しみしなくたっていいのに」
「…………っ」
行成の言葉が脳内に浸透し、その意味を理解するまで、二反田には数秒の時が必要だった。そしてその意味が分かってなお、二反田は行成の証言が否定されることを期待して、早瀬を見詰めずにはいられなかった。しかし早瀬はただ陸(おか)に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせているだけで、ついに一言も行成の言葉に言い返すことはなかったのだった……。
走っていてもほとんど揺れを感じることのない、広々とした快適な車内に投げ出した長い足に両肘をつき、頭を抱え込みながら二反田はぶつぶつとうわごとのように意味を成さない言葉を呟き続けていた。
(まさかとは思うが、あのふたり、本当に付き合っているというのか……?)
しかし付き合うといっても、いったいなにをどんな風にするのだろう。
男同士の付き合いがどんな風に行われるものなのか、これまで欠片も興味がなかった二反田には想像もつかない。ましてや早瀬も土岐も女っぽさの欠片もない、堂々たる長身の男たちだ。物理的に考えても、不可能ではないのか。
(さっきみたいにキスして、そこからどうするんだ。あの早瀬が、あのクソ生意気な男をベッドに押し倒して何かするというのか)
おぞましい想像に、がりがりと髪をかきむしって二反田は呻き声を上げた。だが考えまいとすればするほど、かえって二人の睦み合う姿を想像してしまってどうしようもない。いつしか二反田は己の妄想の世界に入り込んでしまっていた。
*** 突然ですが、ご注意です ***
リバや妄想の類が苦手な方はここから先の文章を読まれないことを、くれぐれもお薦めします。
苦情は受け付けられませんので、なにとぞご承知置き下さい。
……覆い被さるようにして口づけていた早瀬の唇が離れると、ベッドに身を押し付けられていた土岐の薄い唇から、苦しげな吐息がこぼれ落ちた。眼鏡を外され遮るものの無くなった眼差しが、射るような視線で非難がましくねめつけてくるのに早瀬が一瞬怯んだ顔を見せる。だが欲望に駆られた動きは止まらなかった。
慣れた動きで早瀬の指先が薄いシャツの下にもぐってくると、初めて動揺を見せて、土岐の目がわずかに眇(すが)められる。乳首に軽く爪を立てられ、さらに布越しに口に含まれると、快感を奥に秘めた低くかすれた声が小さく「やめろ」と呟いた。構わずに早瀬がさらに深く胸元に顔を伏せると、くっと頤をのけぞらせて快感をこらえてから、語調を強めてもう一度「やめろ」と繰り返す。
早瀬は不満そうに一端顔をあげたが、胸元に意識が集中している土岐の意表をつくように、すぐにその下肢のほうに片掌を這わせた。布地越しにも確かに分かる昂ぶりを捉えて早瀬の唇がほころび、普段は表情の少ない土岐の顔が羞恥に歪む。焦らすようにわざとゆっくりとジッパーを下げ、内側に掌を滑り込ませながら、わざと意地の悪い口調で、早瀬が土岐の耳もとに囁きかけた。
「……こんなに濡らしてるくせに、素直に喜べよ。その取り澄ました眼鏡の下にこんな淫乱な顔があるなんて、誰も想像もしないよな、土岐」
咄嗟に土岐が何か反論しようとしたが、巧みな手淫に声を封じ込められてしまった。無理矢理与えられる快感に耐えようとしてか、薄い唇を強く噛み締める。皮膚の表面に、うっすらと血が滲み、いたわるように、そして味わうように、早瀬が舌先でその血を舐め取った。
「辛いんだろ? 楽にして欲しいなら、素直に言えよ。ほら……」
いつの間にか土岐のシャツのボタンは全て外され、滑らかな肌が早瀬の目の前にさらけ出されていた。唇を再び下ろし、そこに飽くことなく口づけながら、より激しさを増して早瀬は掌の中の欲望を愛撫する。薄闇に湿った音が生々しく響き、聞きたくないというように土岐が片耳を強く枕に押し当てた。だが快楽に痺れた腕が使えない今、もう片方の耳を塞ぐ術はない。形のいい耳に、早瀬が淫靡な毒を吹き込み続ける。
「どうした? なにも言えないならずっとこのままだぞ。ここはこんなにダラダラ涙を流して苦しがってるのに、薄情なご主人様だなぁ、土岐」
見せ付けるように濡れた掌を目の前にかざされると土岐はぎゅっと瞼を閉じ、より深く枕に顔を伏せた。だがたまった熱をこれ以上こらえることはできなかったのだろう。小刻みに下肢を震わせながら、か細い声が懇願する。
「頼む……、頼むから、もうイかせてくれ、早瀬……」
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