木枯らしがびゅうっと吹き抜けて、二反田が着込んだカシミヤ100%のコートの裾を揺らした。高級コートに守られて防寒は完璧だったが、ほこりっぽい地面から茶色い土が舞い上がって、無防備な目の中に飛び込んでくる。ちりちりした不快な痛みに顔をしかめながら、二反田は星辰高校の校門前に仁王立ちしていた。
ここまで乗り付けてきたロールスロイスのシルバーセラフから降りてきて、うやうやしく両手を差し出した運転手に羽織っていたコートをバサッと脱いで渡すと、その下から周囲を行き交う生徒たちとまったく同じ、紺色のブレザーが現れる。寒風に一気に体温を奪われて凍えながら、二反田は改めて身に纏った制服を見下ろして嘆息した。
「まったくなんて没個性的で、貧相な制服だ。こんな服では僕の魅力も半減してしまう。しかも化学繊維を使った制服なんて、もしうっかり火がついてしまったらどうするんだ。そもそもこんな安物の服を着ていたら、僕の敏感なお肌が痛んでしまうではないか」
硬い手触りの布地を確かめつつ、眉間に深々と皺を刻む。
今二反田が着ているのは、田原の後輩のつてで、星辰高校の学生から借りてきた制服だった。二反田の体格では幾分小さかったものを、勝手に裾下ろしし、補正させて使っている。
まったく、かつては僕と渡り合ったほどの男がなんで貧乏くさい学校に通っているのかとブツブツこぼしながら、授業が終わって、生徒たちがぞろぞろと出てくる校舎に向かって二反田は歩き出した。
「――ああ、ちょっとそこの君たち。少し聞きたいことがあるんだが」
「はあ、俺らっすか? なんでしょう」
途中でふと思いついてすれ違った生徒たちに声を掛けると、相手は素直に立ち止まって振り返った。胸元に一年生であることを示す「
」のバッジをつけているところからして、体格のいい二反田を見て咄嗟に先輩だと判断したらしい。
「半月ほど前のことだが、始業式の最中に同級生に告白した男がいたとかいう噂を聞いたんだが、あの話は本当なのかな」
「噂って……、センパイは式に出席してなかったんすか?」
「あ、ああ、あの日は香港AB型の花粉症をちょっとこじらせてしまって、集中治療室でうなっていたものだからね。最近ようやく回復して出てこられたんだが、その間にうっかり留年してしまっていたよ。あはははは」
「……大変だったっすね」
動揺して咄嗟に大ボラを吹いてしまった二反田の話を信用したのかどうか、曖昧に頷きつつ、生徒たちは顔を見合わせて首をひねる。
「その話ってあれでしょ? 二年の早瀬さんが、文化祭実行(ブンジツ)委員長の土岐さんに告白したとかなんとか」
そう口にした生徒に相槌を打ち、ほかの生徒もしゃべりだす。
「あのあと一週間くらい、ものすごい噂になったもんなぁ。でも俺らも一応その場にはいたんすけど、ちゃんとその告白を聞いてたやつが、実はほとんどいないんすよ」
「ほう、それはいったいどういう」
我が意を得たりとばかりに、二反田の目がきらりと光った。
「ちょうどその直前に八角女子との合同学園祭の話が生徒会長から発表されて、体育館中大盛り上がりだったもんっすから。みんなでっかい声で騒いでたし、なにしろ興奮してたから、他の音なんてほとんど耳に入ってこなくて。あそこにいたやつら、ほとんどがそうだよな」
「そうそう、俺らも二年の人たちのことなんて、全然見てなかったし。だから早瀬さんが文実委員長にどんな風に、なんて告白したかについても、はっきりしたことが分からないし」
「あれ、『俺の兄貴になってくれ!』じゃなかったのか? 俺はそう聞いてたけど」
「嘘つけよ。『一生おまえだけを愛す。アイラブユー、フォーエバー』ってマイクパフォーマンスしながら叫んでたって聞いたぞ」
「あのな、あのタラシの早瀬センパイが、んーなダサい台詞を吐くわけがないだろうが。『やらせてくれ』って口走ってぶん殴られたって、もっぱらの噂……」
互いに聞き及んだ怪しげな噂を披露し合い、にわかに会話は盛り上がってきたが、聞くべきことは聞いたと判断した二反田は彼らを置いて再び歩き出した。目の前に迫る、白い塗料を塗りたくっただけの何の工夫もない校舎に呆れながらも、その口許は安堵に緩んでいる。
ほら、やはりあんな噂はデマだったのだ。同じ学内の生徒さえ正確なところを知らないくらいなのだから、間違いない。
(しかしこんな馬鹿げた噂を好き放題流させてしまっているあたりに、早瀬の油断が見えるな。やはりここは僕が直接会って、一度びしっと気合をいれてやらないと)
宿命のライバルの自分が現れれば、おのずと目が覚めるというものだろう。そう思いながら昇降口のガラス扉を開け、中に一歩足を踏み入れた瞬間、とすっと背中に何かがぶつかってきて二反田を驚かせた。
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