恋は語らず -Chapter.3-

3

 さて、最初の噂を聞いたときには歯牙にもかけなかった二反田だったが、すぐに続けて耳に入ってきた噂にはさすがに仰天して、我が耳を疑った。広い校舎中に響き渡りそうな大声で、たった今聞かされた一言一句を確かめるように繰り返す。
「あの早瀬が不能(イ●ポテンツ)になって! それが原因で付き合っていた複数の彼女全員にこっぴどくふられて!! しかもそれでヤケになって男に走ってしまっただって!?」
 前回と同じく噂を聞きつけてきた田原が、あまりの大声に驚いて耳を塞いだ。廊下を行き交う男女も不穏すぎる台詞の連続にぎょっと眼を見開き、こちらを振り返る。
 一瞬静まり返ったあと、すぐにあちらこちらから「早瀬って、まさか前にこの学校にいたあの早瀬武士くんのこと?」「なんでだか高等部に上がらないで、星辰高校に外部受験したあの早瀬だよな」「えー、イ●ポになっちゃったの。うそぉ、ショックー」などという声がさざめきたったが、激しく動揺している二反田にはそんなことに気づく余裕すらない。掌で目を覆いながら後方に二三歩よろめき、勢いよく壁に背中をぶつけて立ち止まると、わなわなと拳を震わせて吐き捨てた。
「あ、あまりに低俗すぎる噂だ。程度が低すぎて目眩がする。いったいどこの馬の骨が、そんな男の誇りを傷つけるひどい噂を……っ。僕は早瀬に同情する。心から彼に同情するぞ!」
「いやでも今度の話は、早瀬のクラスメートの彼女である僕の従姉妹から直接聞いた話だから、間違いないと……」
「黙れいっっっ!!!」
 ひっくり返った金切り声で二反田は一喝した。ひえっと首をすくめた懲りない田原にはもう見向きもせず、中学生のときになんとか治したはずの爪噛み癖を無意識に出しながら、二反田はぶつぶつと呟く。
「かつて一度でも僕がライバルと認めた男に対して、これ以上卑しい噂が流されるのは我慢がならない。何とかしなければ……」
 しばらく思案に暮れていた彼だったが、やがて何か名案を思いついたように目を輝かせると、縮こまって怯えている男を振り返り、こう聞いてきた。
「――君は確か、部活の後輩の兄と従姉妹の恋人に、星辰の生徒がいるんだったな」

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