恋は語らず -Chapter.2-

25

 合わさった互いの胸の鼓動が収まるのを待ってから、土岐がゆっくりと早瀬の中から自身を引き抜いた。
 ずるりという背筋が震えるような感触とともに、体内に放たれたものが太腿を伝い落ちて、言いしれぬ不快さに早瀬は眉をしかめる。土岐の手が伸びてきて、汗で湿った額に張りつく髪をすくい上げた。少し癖のある早瀬の髪を指先で弄びながら、おもむろに尋ねてくる。
「――で、試してみた結果はどうだった。友情以上の可能性はありそうか?」
「お、お前、お前、おまえは……っ」
 あれよあれよという間にぱっくりとバージンを奪われてしまった早瀬は、もう何から責めればいいのか分からずに、唇をわななかせる。
「なんだ、まだ分からないのか。なんならもう一度試してもいいが」
 髪をすいていた手が肩先に下りてきそうな気配を感じ、早瀬は「やめい!」と力いっぱいはねのけた。だが乱暴に叩かれても、土岐はおかしそうに笑うだけだ。
「本当に強情なやつだな。あれだけあからさまな態度を取るくせに、たったひとこと言うこともできないのか」
 やはり自分の気持ちは見抜かれていたのかと、土岐のその言葉で知って、早瀬はぐぅっと奥歯を噛みしめた。
「ひ、人のことより、お前こそどうなんだよ! こんなことまでしておいて、なんの説明もしないつもり……」
「好きだぞ」
「へ?」
 あっさり言い切られ、早瀬は自分の耳を疑った。眼を剥いたまま、なにを言われたか理解できないでいると、土岐が辛抱強く言葉を重ねてくる。
「だから好きだと言っている。お前、俺がなんの感情もなくこんなことをするとでも思ったのか」
 呆れたように言われたって、そもそもあまりにも展開が急すぎて、行為の意味を深く考える余裕もなかった。ただただポカンとしてしまう。
「もっとも俺も男と付き合ったことはないから、肉体的にうまくやっていけるか少なからず心配だったんだが、どうやらそちらの相性もいいようだし」
 勝手に一人で納得している土岐に、まだ半信半疑で早瀬は尋ねる。
「だ、だって、いつからだよ」
 いつだってマイペースで素っ気なかった土岐がそんなことを考えているなんて、早瀬には全く分からなかった。大体アカネとのことはどうなっているのか。土岐が彼女と付き合いだしてから、まだ半月と経っていないはずだ。
「最初は人の顔を見てころころ顔色を変えているお前が面白くて仕方なかったんだが……」
 困惑しまくっている早瀬の表情をたっぷりと楽しみながら、土岐がさらりと言う。
「あまり毎日熱心に見詰めてくるんで、ほだされた」
「ほだされたって……」
「人の顔を見ていつも憂鬱そうにため息を吐いているし、かと思うとユキと春日井が仲良くしていれば妬ましそうに眺めているし」
「……別に全然妬んでなんかいないぞ。なんで俺があいつらに妬かなきゃなんないんだ」
 かねてより疑問に思っていたことを聞くと、土岐がからかうように言ってくる。
「仲良さそうにしているあの二人の姿を、いつも羨ましそうに見ていたじゃないか。自分もあんな風になりたいって、やっかんでいたんだろう?」
 ――あの言葉って……、そういう意味だったのか?
 そういえば途中から、言葉のニュアンスが微妙に変わったような……。
 物欲しそうだったと言われてしまえば、早瀬も否定できない。男同士で臆面なくいちゃついている行成と春日井の姿を、羨ましく思ったことは一度や二度ではなかったからだ。
「あんなに一途に慕われたら、たとえ猫でも可愛がってやりたくなる」
「猫……」
 春日井は犬で、俺は猫か。
 行成の「大輔」騒動を思い出し、早瀬はあられもない格好のまま、ソファの上で脱力した。
「馬鹿、可愛いと言っているだけだ。本当にこんなにからかい甲斐のあるやつ見たことがない。我ながら、あんまりお前のことを意識しすぎて、気恥ずかしくなったくらいだ」
「はぁ!? 意識しすぎって、どこがっ!」
 どちらかというと、素っ気なくされた記憶のほうが強い。思い切り反発すると、土岐が真顔で言ってきた。
「意識していなければ、こんなに手間暇かけて揺さぶりを掛けるものか。なにをやっても反応が面白くて、つい夢中になってしまった」
「手間暇? 揺さぶり??」
 なんのことか分からず盛んに首を傾げていると、土岐がソファの下に落ちていた早瀬の服を拾い上げて渡してきた。自らも身繕いを整えながら、人の悪い笑みを浮かべる。
「まあ、そのうち分かるさ。……あまり怒るなよ」
 そして思わせぶりに言われた言葉の意味は、早くも翌日明かされることとなった。

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