恋は語らず -Chapter.2-

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(ま、まさか、最後までやる気か!?)
 いくらなんでもそんな馬鹿なと思うのだが、行為が途切れる気配は全くない。そのままゆっくりと進んできた濡れた指に体内を犯され、狭い場所を広げられるピリピリした痛みの不快さに、早瀬は打ち上げられた魚のように身もだえた。
「お、おい、お前何しようとしてそんなとこに触ってんだ……っ」
 たまりかねて聞くと、
「この手のことにいちいち説明を求めるなんて無粋じゃないか?」
と、言葉で聞かせるより体に説明したほうが早いと言わんばかり、本数を増やしてきた指が、ぐりっと早瀬の体内の一か所をえぐる。射精するときとはまた違った快感が体内を電流のように走り抜け、抵抗しようとしたことも忘れて、早瀬は胸を深く喘がせた。
 あまりに鮮烈な快感に恐怖すら覚え、目の前にある肩にすがりついた早瀬は、「ここか」とポツリと呟くのと同時に、同じ箇所を集中的に攻め立ててきた指に、たまらず短い悲鳴を上げた。ビクリビクリと背筋が反り返り、一度吐精した欲望が再び勢いよく頭をもたげる。
 その場所が感じるらしいと聞いたことはあった。だがせいぜい枯れ果てたオヤジを楽しませるための特殊なプレイだと思っていた早瀬は、未知の快楽の深さに溺れていく自分をどうすることもできない。ただ最後のプライドだけはどうしても守りたくて、声だけは必死に噛み殺し続けた。そんな彼の体内をいいようにかき回してから、ゆっくりと土岐の指が出ていく。
 ようやく解放されるのかと、安堵とともに涙が滲む目で土岐を見上げ……。まだ行為は全然終わっていなかったことを、早瀬はいやおうなしに知らされることとなった。
 力の抜けた早瀬の片足を肩に乗せ、もう片方の足はソファから落ちたまま、土岐が今にも身を進めてこようとしている。指を抜かれてもまだじんじんと痺れている場所に、硬くて濡れた感触がひたりと当たった。
「おい、ちょっと待て土岐! 嫌だっての、頼むからやめろーーー!!」
 崖っぷちに追い詰められた早瀬は必死になって懇願したが、返された答えは無情なものだった。
「悪いが、俺ももう止まれそうにない」
「待て、早まるな! 大体なんだって俺がヤられるほうにならなきゃいけないんだ!?」
 今さら何を言っているんだと聞く耳持たず、土岐がわずかに体を前に進めた。先端がめりっと奥まった部分に埋まり、押し出されるように悲鳴が喉からこぼれる。
 痛みと恐怖に全身をガチガチに強ばらせ、なおも必死で抵抗しようとしている早瀬に、子供に言い聞かせるような口調で土岐が諭してきた。
「仕方ないだろう。お前がどうしても一歩踏み出せないというなら、俺のほうから進んでやらないと」
 お前を思って仕方なく、と言わんばかりのその口調が非常に恩着せがましい。
「進んでくれなくていい! ていうか、どうしてもって言うなら、俺がお前を……」
「無理する必要はない。気楽にして身を任せていろ」
 無理じゃない! と言い返そうとしたのだが、不意に脇腹をスッと撫で下ろされて、こそばゆさに力が抜けた。その瞬間を狙いすまして、土岐がぐっと体を進めてくる。ほんの束の間弛緩した体の奥の奥まで一気に熱の塊を埋め込まれ、強引な侵入に早瀬は呻いた。体の深部に感じるとてつもない異物感と、焼けるような痛みに全身からどっと冷や汗が吹き出す。
「っかやろ……っ。き、気持ち悪い……っ」
 狭い器官の中を無理矢理犯され、繋ぎ止めるようにされて、早瀬は細かく震えながら力なくもがいた。あまりの痛みに、意志とは関わりなしに涙が溢れ出す。心持ち目尻の下がった早瀬の目が、痛みに潤みながら細められると、そこに言いようのない艶が漂った。
 引き寄せられたように土岐がその目許に唇を寄せ、零れ落ちる寸前の雫を吸い取った。掌で優しく頬を撫でられて、まだ痛みに苦しみながらも、早瀬は細切れに息を吐き出す。強引に身を収めたあとは、土岐はずいぶんと辛抱強く、早瀬の体が自分の存在を受け入れる時を待った。
 下肢をなるべく動かさないようにしながら、いたわるようにのど元や胸に唇を落とされるうちに、強ばりついていた早瀬の体も徐々にほぐれてきた。痛みに力を失っていた欲望も丹念に愛され、しごかれて、ふっと安堵とも快楽ともつかないかすかな声が唇から漏れる。早瀬の眉間から緊張が完全に抜けるのを確認し、情動の兆しのみえる低い声が尋ねてきた。
「……もう、動いてもいいな?」
 尋ねられ、早瀬はぼんやりと土岐の顔を見上げた。質問ではなく確認なのが、ある意味早瀬にとっては救いだった。
「動いてもいいか」ともし聞かれたなら、反射的に首を横に振っていただろう。だが、確認されたならただ否定さえせずにいればいい。
「もうどうにでもしろ」と半ばヤケになって早瀬は目をつぶり、じっとその瞬間を待った。
 早瀬の覚悟を感じ取ったのだろう。まだ目の際に残っていた雫を吸い上げてから、土岐が動き出した。はじめはゆっくりと、そして徐々にピッチを上げて早瀬の体を求める。
「う、あ……」
 体内を他人の体の一部に占領され、擦られ、どこまでも暴かれていく異様な感覚に、早瀬は激しく翻弄された。とにかく今この時間さえ乗り切れればという一念で、必死に土岐の背にしがみつく。
 しかし土岐はこういうことにはやたら勘が働くのか、早瀬が少しでも感じた箇所があると、すぐにそこを集中的に攻めたててくる。
 はじめは痛みしかなかった感覚の中に快楽が芽生え、さらに芽生えたその快楽がどんどん育っているのに気づき、早瀬は揺れる視界の中で大きく息を呑んだ。
(ちょ、ちょっと待て、まさかこんなに早く慣れちまうわけが……っ)
 頬を火照らせながら、危機感さえ覚えてしまう。痛いのは当然嫌だ。だが、男に抱かれ、受け入れることに慣れてしまうのはもっと嫌だ。それもこんなに早く慣れてしまっては、それこそ男の沽券に関わる。
 だがそんな当人の焦燥感とは裏腹に、体のほうは土岐が与える悦びを素直に受け入れ、どんどん昂ぶっていく。
「は、あっ、ああっ……」
 次第に土岐の動きと、早瀬の呼吸が重なり出した。高まる快楽に思考を埋め尽くされ、より奥深くを土岐の欲望に抉られた瞬間、早瀬は自分を抱く男の背中にしがみつきながら、絶頂を迎えてしまった。引き絞るように内壁が蠢き、その動きに誘われるように、土岐もほどなく早瀬の体内で己を解放する。
 腹の奥深くが一気に熱くなり、内臓の片隅にまで侵されていく気配に、早瀬はもう一度土岐の背中に強く爪を立てた。応えるように、土岐の両腕も早瀬の体を抱き返してくる。しばらくそのまま抱き合って、二人ははじめて味わう快楽の余韻にひたった。

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