恋は語らず -Chapter.2-
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ストイックだと思っていた男が言い出したとんでもない言葉に、早瀬は目が回るほど仰天した。
(ていうか、手っ取り早すぎだろ!!)
そんな即物的な方法に頼らなくても、友情か愛情かを判別する方法はいくらでもあるはずだ。そう主張したかったが、土岐の行動は素早かった。眼鏡を外し傍らにあったテーブルの上に置くと、早瀬に反論を許すことなく、覆い被さるようにして口づけてくる。
唇を覆うふわりとやわらかな感触に、早瀬はビクリと全身を硬直させた。焦点が合わないほど近くに土岐の顔がある。後ろ髪に手を差し込まれてさらに顔を引き寄せられ、無防備に開いた唇から滑り込んできた舌が、意図を持って早瀬の口内を這い回った。
――う、上手い。
緩急をつけた絶妙な力加減で口蓋をなぶる舌先の動きに、早瀬はのどを震わせながら喘いでしまいそうになるのを必死で堪えた。昨日とは全然違う、深いキス。
以前からなんとなく、こいつはその手の行為が上手そうだなと思ってはいたが、予測を裏切らない確かな技量だった。余裕さえ感じられる動きで歯列の裏を丹念になぞられ、己の舌を絡め取られて、飲み下しきれなかった唾液が口端から顎へと流れ落ちる。濡れた音が、静かな室内に小さく響いた。
ようやく唇を離されたときには、まだキスしかしていないというのに早瀬は陥落寸前だった。呼吸を荒げ、濡れた口もとを拭いもせずにしばらく放心し、「大丈夫か」と土岐に尋ねられてようやくハッと正気を取り戻す。
みるみるうちに顔が赤く染まり、腫れぼったい唇を手の甲で庇いながら思わず叫んだ。
「お、お前、なんでこんな上手いんだよ!?」
同年代の男たちよりも、はるかに多くの性体験を積んできた自負のある早瀬だ。普段の生活ぶりを客観的に比較しても、その数はけっして土岐に劣るものではないと思っていた。しかしこれは……、今のキスは……、尋常ではなかった。同じだけの破壊力のあるキスをしてみせろと誰かに言われたとしても、できる自信ははっきり言ってない。
キスごときで連日振り回され、なんとなくプライドを傷つけられたような気になる早瀬に、特に気負いもない様子で、土岐がさらりと言い切った。
「セックスは量より質だ」
なにげにテクを誇るようなことを言われ、早瀬の男としてのプライドはますます軋んだ。
「お、俺が数だけこなしてきたって言うのか!」
「違うのか?」
「違うわ! 俺のテクでいったい何人の女の子たちが昇天してきたか、なんなら教えてやろうかっ!!」
実際に数を数えているわけでもないのに、ついそんなことを口走ってしまった早瀬だが、土岐の口端に薄い笑みが刻まれたのを見てしまったと思う。案の定、言葉尻をとらえて、土岐がゆっくりと体を押し倒してきた。
「是非とも教えてもらいたいところだな」
体で、と付け加えながら、もう一度唇を奪われた。
まだ事態についていけない早瀬が、動揺のあまり土岐の行為に抵抗すべきか協力すべきかも決められないでいるうちに、その手はどんどん早瀬の体を探り、するすると服を脱がせていってしまう。
シャツのボタンを全て外し終えたところで、早瀬の体にまたがったまま、土岐が自分の服を脱ぎ始めた。
徐々に露わになっていく体に、早瀬は瞠目した。脱ぎ捨てられたシャツの下に隠されていた、日焼けの跡も感じさせない滑らかで白い肌。女とは全然違う張り詰めた硬質な肌の、陶器のように清潔な美しさについ見惚れてしまう。
合宿の風呂場で直視することができなかった部分さえ目の前にさらされ、早瀬は抵抗を忘れて、ただただ土岐の体に見入ってしまった。その隙に、まだ残っていた早瀬の衣服も、土岐の手によって奪い去られてしまう。
互いに一糸纏わぬ姿になると、土岐の指が愛撫を再開した。表面を撫でるだけだった先ほどまでとは違い、器用に動く手で感じやすい部分を的確に責め、唇と舌でじっくりと
苛
んでくる。
乳首を白い歯で軽く噛まれ、舌で舐られて、痺れるような快感に早瀬はもどかしく身をよじった。そうこうするうちに、気づいたときには愛撫の手は下肢にまで及んでいて、そこでようやく早瀬は危機感に目覚めた。
――――い、今ここで抵抗しないと、散らす気なんか一生なかったバージンを失ってしまう!?
考えたこともなかった恐ろしい可能性に震え上がって、早瀬は土岐の手からなんとか逃れようと身を起しかけた。だがその動きを読んでいたかのように、太股のあたりをさまよっていた手に勃ち上がりかけていた股間を握られ、あらゆる抵抗をたやすく封じられてしまう。噛み殺しきれない喘ぎが、喉から漏れた。
「あっ、は……」
先走りの雫をこぼしながら震えているそれの先端を、土岐の長い指が強弱をつけながら包み込む。男なら誰も抗えないであろうその刺激に下腹を波打たせ、たまりかねて早瀬は裏返った声で叫んだ。
「ば、馬鹿野郎、どこ触ってんだよ!?」
「説明しなければ分からないか」
そんなはずはないだろうと、土岐の手がますます濃厚な手淫を加えてくる。早瀬は歯を食いしばって高まり続ける射精への衝動をこらえようとしたが、限界はすぐにやってきた。
「――あ、あっ!」
鮮烈な快感がビリビリと背筋を駆け抜け、早瀬は喉を反らしながら、土岐の手の中に激しく精を吐き出した。逐情は一度では終わらず、二度三度と波のように衝動が押し寄せてくる。吹き出した早瀬の快楽の証をすべて掌で受け止めると、うっすらと土岐は微笑んだ。
「不能というのは、どうやらデマだったようだな」
「っ……!」
実美との騒動をこんなところで持ち出され、カッと頭に血が上った。当たり前だと叫ぼうとしたが、背後に回り込んだ手が尻の割れ目に沿って進み、とんでもない場所に辿りつこうとしている事実に気づき、うっと息を呑む。一度上った血が一気にザッと下がり、早瀬は真っ青になった。
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