恋は語らず -Chapter.2-
15
体育館の片隅に、まるでそこだけ春が訪れたかのように楽しげにはしゃいでいる行成の姿があった。周り中が凍りついたように沈黙するのに気づいてないのか、はたまたもとから気にしてないのか。愛嬌がこぼれるような大きな瞳で長身の後輩を見上げながら、甘えるように体をすり寄せている。
「だからさ、春日井が持ち上げてくれたら、ゴールまで届くだろ? 俺もさっきみたいなスラムダンクを決めてみたいー!」
ゴールを指さし、春日井のジャージの片袖を引っ張りながら子どものように行成がねだると、春日井はこともなげに頷いた。
「いいですよ。じゃあ、ボールを持って」
「うん!!」
自分のボールを行成に渡してやってから、春日井が遠慮がちに行成の細いウエストをつかんだ。そのまま持ち上げようと力を入れた瞬間、行成がくすぐったがって大きく身をよじる。
「わはは。そこ、そこ こそばゆいよ春日井。俺脇腹駄目なんだって」
「す、すみません」
「ぎゃー、脇の下もダメ! くすぐったい、やめてー!!」
絶叫しながら笑い転げる行成と、どこをつかんだらいいのか分からず、手のやり場に困りながら無表情の奥で焦っているらしい春日井とを遠巻きにし、周りの男たちが遠い眼差しになる。
――――い、いちゃついている……。
どこからどう見ても、立派なバカップルぶりだった。
今まで春日井の不敵な態度ばかりを目にしてきた梶間などは、自分がいま眼にしている光景が信じられないのか、顎が外れんばかりにあんぐりと口を開け、しきりに眼をこすっている。
そんな周囲の反応にはお構いなしで、他力本願のダンクシュートをまだ諦められない行成は、笑いすぎたあまり浮かんできた涙をぬぐいながら、ふと思いついたようにポンと手を打った。
「あ、じゃあさ、肩車してよ春日井。それならくすぐったくないし」
「わかりました」
行成が申し出た妥協案に、少しホッとしたような顔で春日井が膝を折り、その長身を屈ませる。向けられた広い背中にすぐさま行成が駆け寄り、春日井の両肩をまたぎ越すようにして、自分の両足をえいやっと乗せた。
「はい、持ち上げてー」
クレーン車ではあるまいし指示してくる行成に嫌な顔ひとつせず、重たげな様子もまったく見せずに春日井がゆっくりと両膝を上げていく。徐々に高くなる視界に、行成がはしゃいだ声を出した。
春日井が完全に立ち上がると、その肩にのっている行成の目線は、ちょうどバスケゴールの正面に来た。大事に両手で抱えていたボールを天高く掲げ、「いちにーの、さん!」とカウントをとりながら、行成が目の前のゴールにボールを思い切り叩き込むと、真上から真っ直ぐ吸い込まれたボールはバサッと音を立ててゴール枠に張られた網をくぐり抜けた。そのまま勢いよく床にはねて、てんてんと転がって行く。見事決まったシュートに行成は歓声を上げ、そのまま両手両足を絡ませて春日井の頭に抱きついた。
「やったやった」と春日井の硬い髪をかき回しながら行成が喜んでいると、体育館の逆側からふいに激しい怒声が飛んだ。
「いい加減にしとけ、お前ら――――!!」
自分の足下に転がってきたボールをボンッと思いきり床に叩きつけ、憤怒に駆られながら早瀬が荒々しく立ち上がる。たとえこれが男女であっても寒イボが立つような光景を、男同士で見せつけられ、何だかもう居たたまれないんだか腹が立つんだか、よく分からない。
「人前で毎回毎回いちゃいちゃいちゃいちゃ! どうしてもそういうことをやりたいんなら、せめて俺たちの目に触れないところでやれ!!」
頭から湯気が吹き出しそうなほど怒り狂いながら早瀬が怒鳴りつけると、心外だと言いたげに行成が唇をとがらせて反論する。
「見えないところでは、もっといちゃいちゃしているよー」
(もっとって、これ以上いったい何をしてるんだ……?)
その言葉を聞いたその場の全員が、冷や汗混じりにそう思ったのは言うまでもない。
「……お前の辞書に、恥じらいという文字はないのか」
この顔だけは可愛らしい友人と付き合うようになってから、自分がものすごい常識人になったような気がして、もはや言葉も見つからず、早瀬はがっくりと両肩を落とした。
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