恋は語らず -Chapter.2-

14

 梶間の号令一下、突発的に始められた試合は、思いがけず白熱したものとなった。
 高さとバネを兼ね備えた早瀬の勢いあるプレイと、クレバーな土岐のプレースタイルが絶妙に噛み合い、県大会上位入賞のバスケ部レギュラー陣をも翻弄する。
 一方相手チームに振り分けられた春日井は、行成の熱烈な声援を受けていつもよりさらにそのパワープレイに凄みを増しており、味方が集めてくる球を次々に恐ろしい確率でゴールに叩き込んでいった。
 次第に激しい点の取り合いになった。最初こそ試合に加わることを嫌がった早瀬だが、元々頭に血が上りやすい単純な性格であることも手伝って、すぐにこの生意気な後輩を打ち負かすことに必死になり、試合に熱中してしまう。
 ハーフライン付近で土岐から正確に出された速いボールを受け取り、早瀬はゴール方向に鋭く体を切り返した。敵陣へと切り込みながら左手から右手にドリブルをすばやく切り替え、その動きに相手ディフェンス陣がついてこられないでいるうちに、一気に抜き去ってしまう。
 完全に敵をかわしたと確信して、流れるようにシュート体勢に入ったとき、床に飛び散った汗で借り物のバッシュが滑って、わずかに体が横に流れた。一瞬だけ生じたその隙を狙いすましたように、恐ろしい速さで横から伸びてきた手がボールを弾く。
「っ!?」
 手に痺れるような衝撃だけを残し、突然ボールが視界から消え去った。慌てて早瀬が後ろを振り返ったときには、ボールを奪った春日井はすでに逆側のゴールめがけ、一直線にコートを駆け抜けていた。
 あまりの速攻に味方すらついて行けないでいる中、ただ一人春日井の動きを読んでいた土岐が、素早く前方に立ちふさがる。しかしそれすらフェイントもなしで恐ろしいスピードだけでかわし、春日井はそのままゴールに向かって高々とジャンプした。宙でピタリとその動きが止まったように見えた次の瞬間、ガツンと凄まじい音とともに、春日井の豪快なダンクシュートが決まる。
 右手だけで叩き込まれたシュートに、コート外で観戦していた部員たちがいっせいにどよめき、歓声を上げた。自他ともに認める運動音痴のため試合参加を免除され、コート脇で応援していた行成などは、目に星まで浮かべて万歳をしている。結局これが決勝点となり、拮抗した試合は春日井のチームの勝利となった。
「……やられたな」
 額の汗を拭いながら近づいて来た土岐に答えもせず、早瀬は「ちくしょー」と呻いて天を仰いだ。かねてより含むところのあった年下の春日井に、二人がかりで掛かったのに完全にやられてしまい、はらわたが煮えくり返りそうなほど悔しくてたまらない。
 そしてその早瀬と土岐にいいようにあしらわれてしまった他のバスケ部員たちは、さらに不本意そうな顔だった。ハンドタオルを二人に投げ寄越してくれながら、相手チームにいた大塚がぼやく。
「お前らその体格と運動神経があって、マジでどうして美術部なんかに所属してんだよ。今からでもいいからバスケ部に入れよ、ちくしょう」
「アホか。これから受験が始まるっていう時期に、そんな時間あるわけないだろ」
 星辰にも大学部はあるのだが、希望の学部がないため、早瀬は外部の大学を受験するつもりでいる。一方、大塚はもう内部進学することを決めているのか、ためらいもなく叫んだ。
「受験が何だー! 俺は高三になっても部活に青春を捧げるぞ!!」
「おー、がんばれー」
 義理で適当な相槌を打った早瀬の態度が気に入らなかったのか、大塚がムッと顔をしかめた。
「お前だって彼女にフラレまくったせいで、最近大分暇になったんじゃないのか? ヤケになって今さらガリ勉するより、どうせならお前もバスケに残りの青春を捧げちまえよ、早瀬ぇ」
「……青春はともかく、童貞まで捧げられたらバスケだって迷惑がると思うぞ、大塚ぁ」
「てめぇ……」
 火花を散らし両者が睨み合ったその時、出し抜けに明るい笑い声が館内に響き渡った。声のした方に館内にいた者たちの視線が集中し、そして見てしまった光景に誰もが絶句し、『振り返らなければ良かった』と心の底から己の不随意反応を悔やんだ。

-Powered by HTML DWARF-