恋は語らず -Chapter.2-

11

 冬枯れた田園風景が窓の向こうに現われては消えていく。刈り入れが終わり、地肌をさらした茶色い大地は寂しげで陰鬱にも見え、早瀬は窓枠に片肘をついて流れ去っていくのどかな景色を眺めながら、我知らず「はぁあ」と大きな溜め息をついてしまった。
 その音にかぶさって、横合いから「らったらー、らったらー」とテンポだけはやたらいい、意味不明の鼻歌が聞こえてくる。
 憂いに沈んでいる早瀬が馬鹿らしくみえるほどの明るさでエンドレスに鼻歌を歌いながら、隣の席に座る行成がせっせとリュックサックの中から持参した菓子類を取り出していた。何がそんなに楽しいのか、新幹線に乗り込む前から行成はやたらと機嫌がよく、大量に買いこんできた菓子を先ほどから早瀬や土岐に大盤振る舞いしくれている。もっともふたりともさして甘いものが好きな 性質(たち) ではないので、ほとんどありがた迷惑だったのだが。
「らったらー」の繰り返しが五十回ほどになったところで、さすがにたまらなくなった早瀬がイライラと言った。
「ユキ、うるせえよ。その妙な鼻歌やめろ」
「なんだよ、早瀬があんまり陰気だから、せっかく場の空気を盛り上げようとしてるのに」
「……誰が陰気だ」
 失礼なと思ったが、とはいえたしかに気分が明るいわけではない。先日行成から押しつけられた妙な約束が心にのしかかり、旅行前から気分が重かったことは事実だ。
『合宿中に早瀬が土岐に告白して一言でも「気持ち悪い」って言われたら、俺だって謝るよ!!』
 行成の言葉が耳もとによみがえり、胃がキリキリと痛む。別に何の強制力もない約束に馬鹿正直に従うつもりはないが、こうして合宿に向かっている以上、まったく意識せずにいるのも難しかった。
 向かいには土岐が座っているが、ふたりのやりとりには干渉せず、いつも通り小難しそうな本をめくっている。
 互いに体を斜めにずらしながら座ってはいるものの、早瀬も土岐も標準以上に長い足を持つため、ほんのわずかの動きで互いの足が触れ合ってしまう。その度に動揺してしまうのが嫌で、早瀬は先ほどからずっと足を緊張させていた。おかげでただ座っているだけなのに疲れてしかたない。時間が流れるのが、今日はやけに遅く感じられた。
「でも残念だなあ。どうせなら冬休み中全部合宿したかったのに、たった一泊二日だけの旅行なんて」
 ほぼ正面に土岐が座っているため視線の落ち着きどころがなくて、また窓の外をぼんやり眺めていると、早瀬のため息が移ったように大きく嘆息しながら、それだけは無念そうに行成がぼやいた。本から目を離さないまま、「あまりバスケ部の練習を邪魔したら悪いだろう」と、もう何度も言い聞かせた正論を繰り返して、土岐が行成をたしなめる。
 軽井沢の合宿所で正月二日から始まっているバスケ部の合宿に、結局美術部の三人は最終日とその前の日の二日間だけ参加することになった。バスケ部の合宿は冬休みの終わりまで約一週間続くのだが、そんなに長く留まっていても、美術部としてはやることがないだろうというわけである。
 行成だけは合宿にずっとくっついていたかったようだが、そこはなんとか土岐と早瀬が二人がかりでなだめすかした。そのため行成は元旦の初詣以来春日井と直接会うことができておらず、今やたらと機嫌がいいのは、数日ぶりに春日井と直に会える喜びからでもあるようだ。
 一度は大人しくなったのに、しばらくするとまた「らったらー」と歌い出す。再び止めるのも面倒になって聞こえない振りをしながら、早瀬は落ち着かない気分をずっともてあまし続けた。

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