恋は語らず -Chapter.1-
12
翌日になっても、行成の決意は持続していた。いつも休み時間になると楽しげに書いている春日井への手紙も、今日は便箋を取り出す素振りすらなく、寂しそうな顔をして自分の席にじっと座っている。
春日井と行成が離れることを望んでいた早瀬だが、消沈した行成の背を見ていると、自分の言葉が招いてしまった事態に、喜びよりも戸惑いが先立った。
昼休みになっても、行成は机にへばりついたまま、中庭に向かおうとはしなかった。窓から見下ろしても春日井の姿はまだなかったが、あと数分後にはいつもの場所に来て、まさしく忠犬のごとく行成を待つのだろう。今日も膝枕をするには最適な、ポカポカと暖かい陽気の一日だった。
「おいユキ、弁当は食わないのか?」
ためらいがちに早瀬が尋ねても、行成は食欲がないと頭を振るばかりだ。
「少しはなんか食えよ。午後の授業持たなくなるぞ。俺今日の昼飯は購買だし、ついでになにか食いやすそうなもの買ってきてやるからさ、な」
どっぷり落ち込んでいる行成の姿を見ていると、元凶の早瀬としてはなんとなくいたたまれず、ついいつになく親切な言葉を掛けてしまう。ほんのわずか行成が頷くのを見て、早速逃げるように教室を飛び出し、混雑を極めている昼どきの購買に向かった。
下級生も上級生も無い、弱肉強食の縮図となっている購買で、早瀬はその長身とルックスを生かしてカウンターのおばさんの目を惹くと、あっという間に人気メニューの「ジャガたこ」(小さいジャガイモを揚げてたこ焼きのような見た目になったものを三つ串刺しにして、その上から甘いケチャップをかけたもの)と、コーヒークリームを挟み込んださくさくしたデニッシュを手に入れた。どちらも行成の大好物だ。自分用には別にサンドイッチと焼きそばパンを買った。
あとから来たのに、すぐさま希望のパンを手に入れて立ち去っていく早瀬に、周囲からは恨みがましい視線が集まったが、物思いにふけっている早瀬は気づきもしない。ぼんやり廊下を歩きながら、こめかみを指で掻いて、困惑まじりに思う。
(まさか、あんなに落ち込むとは思わないよな……)
特別な感情はないと言っていたものの、行成は行成なりに、春日井に対して他人に向けるのとは違う情を抱いていたのだろう。己の不用意な言動をわずかに悔やみつつ早瀬が教室に戻ると、行成は先ほどまでと寸分たがわぬ格好で、力なく机にへばりついていた。
昨日の自分と同じようなその姿に同情を深めながらあたりを見回し、さきほどまでここに一緒にいたはずの土岐の姿が見当たらないことに気づいて、早瀬は首を傾げた。
「ユキ、土岐はどこに行ったんだ?」
その声に反応して行成がようやくのろのろと顔を上げた。しかし質問には答えないまま、早瀬の手の中の紙袋に手を伸ばすと中からジャガたことデニッシュを奪い去り、子リスのようにもそもそと食べ始める。
「おまえ、人から物をもらったら礼くらい言え……。で、土岐は?」
呆れながらもしつこく問いかけると、行成はケチャップで口元を汚しながら、指先で窓のほうを示した。
「?どこに行ったんだよ」
「中庭」
「……何で?」
「春日井を昼休みの間中待たせちゃったら可哀想じゃん。俺はもう会わないって決めたから、土岐に今そう伝えてもらいに行ってる」
「なんだと―――!?」
とたんに早瀬の形相が一変した。行成も驚くほどの勢いで窓際に駆け寄り、下を見て言われたとおり土岐と春日井が向かい合っているのを確認するや、弾丸のような勢いで教室を飛び出して行く。
学校指定のサンダルに突っかかりそうになりながら、早瀬は廊下を疾走した。
実際、走ろうとするとすぐに突っかかってしまうという特性を生かし、生徒がなるべく大人しくしているようにと、敢えてこの星辰高校ではサンダルが校内履きに指定されているのだが、そんな先生方の思惑も今の早瀬には関係ない。サンダル履きの限界に挑むような素晴らしいスピードで、一直線に中庭へと向かう。
一応誤解だということが判明したと言うのに、早瀬の中ではすでに春日井は、「わが校代表のホモ」として確固たる地位を築いてしまっていた。
春日井が行成に振られようとしている今、土岐をその傷心(しているだろう)男に近づけることはあまりにも危うく思えて、一気に焦燥が募る。自分だっていつの間にかはまってしまったくらいなのだ。春日井もいつ土岐に惚れてしまうかわからない。
恋は盲目を地で行く危惧に駆られ、土岐を春日井の毒牙に掛けてなるものかと、早瀬は靴を履き替えもしないまま中庭に飛び出した。
いつも行成に膝枕してやっていたベンチの前で、険しい顔で土岐を睨みつけている春日井の姿が視界に映る。そんな二人の間に息を切らせて割り込み、早瀬は春日井に立ちむかった。
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