恋は語らず -Chapter.1-

9

「――で、春日井がお前に惚れたきっかけはいったい何だったんだよ」
 その日の放課後、美術室で作業台を挟んで行成と向かい合った早瀬は、諦めず同じ話題を蒸し返した。
 自分ばかり痛い目を見て元も取らずにすむものかと、すっかり据わった目つきになっている。意外としつこいその態度に、行成は不思議そうに首をかしげた。
 それでも彼なりに早瀬のせっぱ詰まった心情を察したものか、「まあいいけど」と呟くと、机の端に放り出してあった自らのバッグを引き寄せる。
「?」
 なにをするつもりなのかと早瀬が見守る前で、ファスナーを開け放したまま、行成は勢いよくバッグをひっくり返した。中に入っていた教科書やら筆記用具やらが、どさどさとなだれ落ちてくる。
 その中に、封書の束がいくつか混ざっていた。行成が取り上げたそれらを見て、キャンバスに向かっていた土岐も手を休めて近づいてくる。
「それは、春日井がよこしてきた今までの手紙か?」
 同様のものを行成が読んでいるところを何度も見かけたことのある早瀬も、「ああ」と納得したように土岐の言葉に頷く。荷物の中から溢れだした手紙の数は膨大なもので、十通ずつくらいに輪ゴムでくくってあるその固まりは、全部で五、六個もあった。
「お前、春日井からもらった手紙を、毎日ぜんぶ学校に持ってきていたのか……?」
 まさかそこまでいかれていたとは思いたくない早瀬が、椅子ごと体を引きながらひきつった顔で尋ねると、行成は悪びれもせず「うん」と肯定してみせた。
「でも全部持ってくるようにしたのは最近だよ。いい加減量が多くなってきちゃったせいで、前にもらった手紙の内容を忘れて、返事を書くときに困ることがたまにあるんだよね。春日井はちゃんと俺が以前書いた手紙の内容を覚えててくれてるしさ。やっぱり俺も誠意を持って接しないと」
「そんな整合性のある返事を書いているとは、とても思えなかったが」
 淡々とした土岐の指摘は無視して、「確かこのへんに」などと呟きながら行成が手紙の束をひっくり返し始める。やがて中から一通の封書を取り出した。
「あ、これこれ。この手紙でね、春日井が俺の絵のことすごく褒めてくれててさ」
「へえ?」
 どれどれと、土岐が行成の右手に掲げられた手紙を興味深そうに眺めた。その後ろから、早瀬も恐る恐る覗き込む。
「九月の文化祭で、オレたち美術部も出展したでしょ。で、その時に春日井が俺の絵を見て、すごく気に入ってくれたらしくてさ」
 ああ、と土岐が思い出したように相槌を打った。
「そういえば、お前が最初に手紙を渡されたのは、文化祭のときだったな」
「そうそう、絵を見たその日に手紙をくれたんだから、春日井もずいぶん速攻だよね」
 あいつバスケ部ではフォワードだしと笑ってから、封筒の中から便箋を取り出すと、行成は中の一文を指で指し示した。
「ここここ、このあたりの文章に、俺ガラにもなく感動しちゃってさー」
 示された手紙の文章を土岐が眼でさっと読みとる。そして「なるほど」とおもむろに頷くと、背後にいる早瀬を振り返った。
「お前も読んだらどうだ。春日井が何故ユキに惚れたのかが、よく分かるぞ」
「……自分で読む気力が無い。お前が声に出して読んでくれ」
 懇願され、土岐は仕方ないなと言いたげな顔で手紙の朗読を始めた。

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