恋は語らず -Chapter.1-

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「はい、これ今日の分ね」
 書き上がったばかりの手紙を渡し、行成は春日井と並んでベンチに腰を下ろした。
 目の前には赤レンガを積んで作られた小さな花壇があり、園芸が趣味の副校長によって丹精込めて育てられた菊やコスモスが、競い合うように色とりどりの花を咲かせている。
 今日のように穏やかな日差しが降り注ぐ日には、ここはなかなかに雰囲気のある場所だった。
 これが共学校なら人気の校内デートスポットにもなっただろうが、この私立星辰高校は男子校であるがゆえに、男同士で並びあって花を眺めるなどという行為はあまりにも寒すぎると、居心地の良さのわりにはあまり利用者がいない。
 そんな中、この場所は最近、行成と春日井の待ち合わせ場所の定番と化していた。この二人は自分たちのデートもどきの行為がいくら目立とうが、気にするような繊細な神経は持ち合わせていない。のんびりと落ち着ける場所でさえあれば、それがどこだって構わないという主義のもと、むしろ積極的にこの中庭を利用していた。
 ベンチに腰掛けると、二人は何を話すでもなく互いに好きなことを始めた。春日井は行成から渡されたばかりの手紙を読み始め、行成はあらかじめポケットに持参してきた文庫本をめくり出す。
 すぐに沈黙がふたりの間に横たわったが、二人とも気にする素振りもない。
 そもそも話の種がないならないで、互いに無理に話題を探すようなタイプではない。それでも行成は一応、場合によっては自分から話題を振って間を持たすという社交術を心得てはいたが、春日井相手にそんな無用な行為をするつもりは毛頭なかった。二人にとってこの沈黙は気まずいものではなく、むしろ心地いいものなのだ。
 しばらくすると、黙々と本を読み進めていた行成のページを繰る手がふと止まった。
 季節はもう十一月を迎え、吹きつける風もずいぶん冷たく感じるようになった。制服のジャケットの下にはカーディガンを着込み、手袋まではめてきた行成だったが、次第に体が冷えてそのまま本を読み続けるのが辛くなってくる。
 ちらりと横を見れば、真剣な表情で行成の手紙を読んでいる春日井の姿がある。
 その不愛想さに相殺されがちだが、早瀬のような甘さには欠けるものの、春日井もなかなか整った顔立ちをした男だった。ただ手紙を読んでいるだけの姿も様になっている。ずっと手紙を眺めているが、そんなに長い手紙でもないから、このわずかな時間の間にすでに何度か読み返しているのだろう。
 どんな他愛ない雑談を書いても、すべて見落とさずに読んでくれる春日井の生真面目なところが、行成はかなり好きだった。些細なことまできちんと覚えていて、しばらく経ったあとにふと、手渡してくる手紙の中でその話題に触れてきたりする。
 大量に口から出され、次々に忘れ去られていく言葉よりも、こうして丁寧にしたためられて長く残っていく手紙というものは悪くないと、最近行成はよく思う。
 早瀬にはうるさく止められるし、今のところ春日井に対して甘ったるい感情を抱いているわけでもなかったが、この手紙の交換を今では行成もすっかり気に入っているのだ。
 また冷たい風が吹きつけてきて、寒さをごまかすように、行成は足をぶらぶらと動かしてみた。次に、暖かさを求めて、春日井の体に少し近づいてみる。この後輩は体温が高い。体をくっつけると優しいぬくもりが直に伝わってきて、行成は小さく微笑んだ。ごそごそと小さく動き始めた彼に、春日井はまだ気づかずにいる。
 もっとぬくもりが欲しくなり、行成は遠慮なしにそれを春日井から奪い取ることにした。
 体を倒し、ベンチから無造作に放り出された春日井の長い足に、ぽすんと自分の頭をのせる。筋肉が張り詰めた硬い足だったが、布地を通して伝わってくる体温は優しかった。
 一方、手紙に集中していたところ、いきなり行成に膝枕をさせられる格好になった春日井は、さすがに仰天したようだった。自分の腿の上にある小さな頭を戸惑った顔で見下ろす。
「――や、安永先輩!?」
「眠くなってきた。寝させて」
 大きな眼で春日井を見上げながら言うと、行成は具合のいい場所を探すように少しだけ頭を動かし、やがてふうっと気持ちよさそうに吐息して眼を閉じた。ほどなく、快い寝息が聞こえてくる。
「……先輩?」
 呼びかけても、もう答えは返ってこない。身じろぎしかけ、行成を起こしてはいけないと思いとどまる。
 行成の頭はひどく小さく、軽かった。
(こんなに小さくて軽くて、本当に中身が入っているんだろうか)
 なんの悪気もなく春日井はそう思い、すぐにその考えの失礼さに気づいて深く反省する。
 どこからか穏やかな風が吹いてきて、行成の細くて色素の薄い髪をほんのわずかに乱す。秋の優しい日差しに透けて、その髪は金糸のように輝いて見えた。
 誘われるように春日井の手が持ち上がり、行成の頭に触れる。風に乱された髪を指先でそっと梳き始めたが、行成は眼を閉じたまま、その行為をとがめようとはしない。
 穏やかな沈黙の中でゆっくりと、春日井の大きな手は行成の髪を撫で続けた。

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