恋は語らず -Chapter.1-
2
安永行成が、ある後輩から手紙を渡されるようになったのは、今年の九月のことだ。
その日はちょうど、三日間にわたって行われた、この星辰(せいしん)高校の文化祭の最終日だった。
午後三時をまわり、文化祭終了のアナウンスが流れる中、後夜祭の会場である校庭に向かうために、行成、早瀬、土岐の三人は、祭りの余韻と片づけでにぎわい、まだどこか浮かれた空気が漂う校内を歩いていた。
そんな三人の前にいきなり立ちふさがった後輩がいた。
高校生とも思えない立派な体格をもったその男は、低い声で行成を呼び止めると、傍らにいて警戒する早瀬と土岐をよそに、その手に一通の封筒を押し付けてきた。
そのまま物も言わず立ち去る姿を呆然と見送り、わけも分からぬまま行成の手に残された手紙を開いてみれば、そこに最初におどっていた文字は「好きです」の一言。
封筒をひっくり返してみれば、無骨な字で「1−B 春日井柊二」と記されている。
そう、行成は男の後輩からラブレターを渡されてしまったのである。
他の一年生とは一線を画した雰囲気に、三人ともその後輩の存在を何となく知ってはいた。しかし学年も違えば部活も違う彼が、なぜ前触れもなく行成に恋文を渡してきたのかについてはさっぱり分からず、そろって首をひねることとなった。
たしかに彼らが通っているのは花も実もない男子校だが、周辺には共学校もあれば女子校もあり、それほど恋愛に不自由するような環境ではない。
事実早瀬には彼女がいるし、土岐もつい先日まで近隣の女子校の生徒と付き合っていた。
自由な校風が売りのこの高校では、「異性との交際には親と教師の許可証が必須」などといった、無粋な校則もありはしない。
たまに生徒のだれだれとだれだれが付き合っているとか、何科のなんとかいう男性教諭はその手の趣味があるらしいから気をつけろとか、冗談のような噂が流れることはあったが、この高校に入学してから一年半、現実に校内で男同士のカップルに遭遇した経験が三人ともなかったため、この事態はまさに青天の
霹靂
だった。
しかもその後も、春日井からのラブレター攻勢は続いたのである。
校内ですれ違う度、どこからか白い封筒を取り出しては無言で押し付け、そのまま立ち去っていく春日井に、マイペースが信条の行成も最初はさすがに戸惑っていた。しかしその唐突な行動にもやがて慣れてくると、何を考えたものか、行成は手紙をもらう度にいちいちその返事を書くようになった。
友人のとっぴな行動に驚いた早瀬が、「男からのラブレターに返事なんて書くな! 忘れろ! 捨てろ!!」と怒鳴り散らすと、けろっとした顔で行成は返したものだ。
「だって、春日井君て昔の女学生みたいに奥床しいんだもん。手紙の返事くらいは書いてあげたいじゃん。別にお付き合いしますと答えたわけじゃないし」
ジョガクセイミタイニ、オクユカシイ。
でかい図体の春日井にはあまりに似つかわしくない表現に、早瀬は口を開け放って呆れ果て、土岐は面白くて仕方ないとばかりに、珍しく声を上げて笑った。
矢絣
の着物に
葡萄
染めの袴を身につけた、はいからさんのような格好をした春日井の姿を想像してしまったらしい。
それでも、下手に返事などすれば面倒な事態を招くかもしれないから、うかつなことは止めた方がいいとふたりして一応忠告はしたのだが、行成はそれからも毎度機嫌良く春日井からの手紙に返事を書いて、やめようとしない。
その結果、だんだんふたりのやり取りは、交換日記のようなうそ寒いものになりつつあった……。
Copyright(c) 2009 SukumoAtsumi All rights reserved.