永遠までの一秒

 驚いたようにひくりと男の手が震えるのを構わず、牧野は半袖のシャツからむき出しになった腕に、手首の内側からなぞり上げるように口付けて行った。誘うように視線を上げると、熱をこらえるような表情で、自分を見下ろしている男の視線と出くわす。
 見詰め合っていると、庄司の顔が近づいてきた。丁寧な手つきで眼鏡を外され、すぐに互いの唇が重なった。ゆっくりと畳に肩を押し付けられ、激しく唇を貪られる。狭い部屋に濡れた音が響き、息苦しさを覚えて、牧野は口づけの合間に浅い呼吸を繰り返した。するりと着衣の下に男の手が潜り込んできて、忙しなく上下する腹筋を撫でられる。
「ん……」
 くすぐったさに思わず息を詰めると、その声を拾い上げようとするように、口づけがさらに深まった。滑らかな舌に歯茎の裏をくすぐられ、唾液をすすりあううちにも、男の器用な手は牧野の全身を愛撫し続けている。
 寝巻きがわりに着ていたTシャツは、いつしか胸元まで捲り上げられていた。わずかに覗いた乳首を唇でなぶられ、牧野は背筋を駆け抜ける快感に身もだえする。
 庄司もまた熱い吐息をこぼしながら、体を少し離すと、牧野が見上げている前ですばやく着衣を脱ぎ捨て裸体になった。再び自分の上にのしかかってくる熱くて硬い肉体にいっそう興奮を煽られ、太い首筋に強い力で抱きつく。
「ん……っ」
 腰骨に添って、庄司の指先がそろりと布地の下に潜り込んできた。もう何度も彼を受け入れてきた奥まった場所をなぞられ、軽く押すようにされて、牧野はくぐもった声を上げた。乾いた指をそのまま進入させるような強引なことはせず、庄司はいったんその場所から指を離すと、愛撫の手を前へと移動させる。
「ア、アッ……!」
 すでに固くなりつつある雄を、大きな掌に包まれる。先端を親指の腹で擦られ、鋭い感覚が下腹部を電流のように駆け抜けた。反射的に腰が浮かび上がった隙に、下着ごとずるりとスウェットを引き下ろされ、無防備にさらされた欲望が庄司の口中にふくまれる。熱く湿った感触に雄を包まれて、牧野は声を殺しきれずに喘いだ。
 激しく雄をすする音が、まだ明かりも落としていない部屋の中に生々しく響く。牧野は羞恥と快感に揉まれるように首を左右に振った。茎から先端にかけてを丁寧にしゃぶられ、尖らせた舌先で先端をつつかれて、あっという間に限界まで追い詰められる。袋を片手で揉みしだかれると、すっかり立ち上がっていた雄が、男の口中でびくびくと震えた。
「は、なせ……っ」
 堪えきれずに庄司の髪を掴んで引き離そうとしたが、男は唇を離すどころか、より深く喉の奥のほうまで牧野を呑み込んで、上目遣いに解放を促してきた。くっと唇を噛む。もう限界だった。それに、敢えて堪える必要もないと思い直す。
 引き離そうとしていた手で、逆に庄司の頭をぐっと股間に押し付けると、牧野は男の口中に自らを放った。ごくりと、精液を嚥下する音が生々しく耳の奥に響く。達したあとも庄司はすぐに牧野の欲望を放そうとせず、丁寧に最後の一滴までを舐め取ってから、ようやく顔を上げた。濡れた口許を親指で拭ってから身を起こし、いささか性急な手つきで、中途半端に脱げかけていた牧野の衣服をすべて脱がせる。
 顎先を引き寄せられ、また口づけられた。絡みついてくる舌に、自身が放った精液の苦さを味わわされて、牧野は嫌悪と興奮を同時に感じ、喉奥で呻く。
「牧野さん。俺の名前を、呼んでくれませんか」
 唇がようやく離れたとき、少し掠れた声でねだられて、牧野は首を傾げた。快楽に乱されて思考をまとめられずにいると、もう一度同じ言葉を繰り返される。
「義人って、俺の名前を呼んで下さい。……長谷川さんみたいに」
 いきなり長谷川の名を出されて、牧野は不審気に眉を寄せた。何でここでいきなり、その名が出てくるのか分からない。
「長谷川さんのこと、岳って名前で呼ぶでしょう。それなら俺のことも名前で呼んでくれませんか?」
「……なんだそれ」
 思い切り眉をしかめると、庄司はバツが悪そうに顔を赤らめた。
「いいじゃないですか、別に名前くらい」
「そりゃ別にいいけど、名前くらい」
 唇を尖らせた庄司は、本気で拗ねているようだった。些細なことで自分が機嫌を損ねるのはいつものことだが、庄司がこんな子どもっぽい表情を見せるのは珍しい。なんだかおかしくなり、それでようやく牧野は変な頑なさを捨て、素直になることができた。
「義人」
 口に出してみると、意外と舌触りのいい名前だった。望みどおり名を呼ばれた目の前の男の顔が照れたように、でも嬉しそうにほころぶのを見ると悪い気はしない。
「義人、よしひと……」
 甘く言いながら広い背中に腕を回すと、庄司も強い力で抱きしめ返してくれる。体をぴったりとくっつけると、下肢で互いの欲望が重なり合うのが分かった。勃ちきっている庄司のそれに興奮して、こすり付けるように腰を動かすうちに、牧野の欲望も再び固く勃ち上がっていく。
「あっ、あっ」
 ビリビリとダイレクトに背骨に響く快感に喘いでいると、庄司が牧野の中心に愛撫の手を伸ばしてきた。先端に滲んだ液を塗り込めるようにしてなぶり、濡れた指先を徐々に牧野の後ろに這わせる。
「っ……!」
 敏感な後ろの襞に直接触れられ、軽く指を差し込まれて、牧野は堪らずに背をのけぞらせた。
「よ、しひと……」
 呼びながら男の体を引き寄せると、応えるように庄司の指がさらに本数を増した。淫らに蠢く指が牧野の弱い部分を内側からかき回し、一方で、空いた片手は牧野の中心を愛撫し、翻弄する。
 焦れた牧野が早くとねだっても、庄司は聞き入れなかった。慎重に入り口をほぐしていた指が、ようやく体内から出て行ったときには、すでに牧野は感じすぎてぐったりと疲れ果てていた。
 首筋に牧野を掴まらせたまま、庄司が身を起こす。そのまま庄司の膝の上に座り込むようにして、向き合う体勢になった。力の抜けた腰がゆっくりと持ち上げられ、勃ち上がった男の先端に向けて少しずつ下ろされていくのを、牧野はなされるままになりながら、酔ったような目で見つめる。じわじわと、体内に男のものが入り込んでくるのが分かる。固い先端が敏感な入り口を擦る感触だけでいきそうになってしまい、牧野は必死で息を呑みこんで堪えた。
 圧迫感は当たり前にあるのに、内側を満たされることにどうしようもなく体は興奮して、庄司が少し欲望を進めるごとに、牧野の雄も蜜を滴らせながらどんどんと固さを増していった。
「あ、あ……っ」
 目を閉じて、牧野は快感を思うがまま貪った。両腕に力を込めて、もっともっととせがむように、男の首筋にしがみつき、自らも男をより深く受け入れようと腰を落とす。
「う、ぁっ」
 その瞬間を狙い済ましたように、突然下から強く突き上げられて、体が跳ねた。牧野の顔中に口づけながら、男の突き上げは次第に激しさを増していく。牧野も自ら腰を動かし、欲するままに快楽を追った。互いの全身から汗が飛び散り、部屋の明かりを弾いてきらめく。
「いい……。もっと、もっと……」
 ねだると、牧野の体内を犯しているものが、応えるようにその大きさを増した。固いものが、体の奥深くにある、一番感じる箇所を攻め立ててくる。同時に前も庄司の掌に包み込まれ、上下にしごかれて、あまりに感じすぎて牧野は息を詰まらせながら、激しく首を振った。
 視界が一瞬真っ白に染め抜かれる。そしてその次の瞬間、牧野は勢いよく欲望を迸らせていた。
「あ、はぁっ……」
 びくっ、びくっと、快楽の証を吐き出しながら喘ぐ。激しく痙攣する内部の動きに引きずられるように、庄司も程なくして熱い奔流を牧野の中にあびせながら達した。折り重なるように、二人は疲れ切った体を畳の上に横たえる。しばらくして激しかった呼吸がどうやら落ち着いてくると、どちらからともなく呟いた。
「……暑いな」
「……暑いですね」
 相変わらず部屋の空調の効きは微妙で、密着した互いの体からは、滝のように汗が流れていた。それでも寄せ合った体を離す気には到底なれなくて、二人は時折唇を重ねたり、互いの体に触れ合ったりしながら、その後しばらく畳の上で、暑苦しくて幸せなひとときを過ごした。

* * *

 翌朝、牧野は自分を呼ぶ声に起こされた。
「――――牧野さん。起きて下さい、牧野さん」
 布団の上から肩に手を掛けられ、ゆさぶられて、無理矢理眠りの世界から引き剥がされそうになり、牧野は呻き声を上げて抗った。そんな彼の抵抗を許さず、さらに肩を揺すられる。
「まだ眠いのは分かりますけど、起きて下さい。今日は何時に出るんですか? まだ大丈夫なんですか、牧野さんっ」
 うるさくて、蚊を払うように布団の中から突き出した腕を動かすと、手の甲が何か柔らかいものに当たった。同時に、「いてっ!」と小さく叫ぶ声が聞こえる。
 それすらも無視して固く瞼を閉ざしていると、肩に掛けられていた手が諦めたようにようやく離れていった。安心してさらに惰眠を貪ろうとした次の瞬間、いきなり耳元に熱い吐息を吹きかけられ、跳ね起きる。
「……起きて、秋久さん」
 耳の性感帯を鷲掴みにするような低音で囁きかけられ、思わず両手で耳を庇ってしまった。
「お、おまえ……っ」
 親兄姉以外の人間から名前で呼びかけられたのなんて、もう何年ぶりになるか分からない。長谷川だって、牧野のことはずっと苗字で呼んでいたのだ。意表を突かれ、完全に眠気が吹っ飛んでしまった牧野に、してやったりと庄司は憎たらしい笑顔を見せたが、すぐに普段通りの表情に返って聞いてきた。
「起こしてしまってすみません。昨夜、牧野さんの今日の予定を聞いてなかったから、心配になって。今朝は遅くっていいんですか?」
 なにごともなかったように聞かれ、一瞬「この野郎」と思ったが、眼鏡を欠いたおぼつかない視線で睨みつけても、いまいち迫力に欠ける。仕方なくまず眼鏡を探していると、察した男が先回りして、部屋の隅に寄せた卓袱台の上に置かれていたそれを手渡してくれた。憮然としながら眼鏡を掛け、DVDデッキに表示された時間を確かめる。
「――何だ、まだ七時か」
 そういえばカーテン越しに斜めに差し込む、殴りつけるようなこの力強い陽光も、夏の朝ならではのものだ。
「ええ。でも牧野さん、最近朝早いみたいだったから、心配で。今

日は仕事、休みなんですか?」
「いや、撮影が入ってる。十時前にはスタジオに着いてないとまずい。起こしてくれて助かった」
 昨夜は結局行為に溺れた後、何とか引きずり出した布団の上に二人して倒れこむように寝てしまったため、目覚ましをセットする余裕すらなかった。庄司が起こしてくれなかったら、このところの疲れからすると、昼過ぎまで寝入ってしまった可能性もある。そう思って何気なく「ありがとう」と礼を言うと、庄司はちょっと目を見開き、くすぐったそうに笑った。
「……なんだ?」
「いえ、初めて会ったときの牧野さんって、なにをしてあげても礼を言わない人だったから」
 随分変わったなと思って、と言われ、牧野は眉をしかめる。自分はそんな無礼者だっただろうか。覚えがない。……もっともきちんと覚えていられるような人間は、初めからそんな失礼なことをしないものなのだが。
 それにしても家を出るまでには、まだ少し時間に余裕がある。目覚ましをセットして二度寝しようか、今起きてドラマの台本でもチェックしようかと悩んでいると、牧野が寝ている間に身繕いをすませていたらしい庄司が、ショルダーバッグを持って立ち上がる。
「何だ、もう出るのか」
「ええ、午後からの企画会議に提出するプランを、まだまとめきれていないので」
 早出して仕事をすると言う。ふと思いついて、牧野は布団からのそのそと這い出ると、部屋の隅に放り出してあった自分のカバンを引き寄せた。
「今日は帰り、遅くなるのか」
「いえ、会議の進み方次第ですが、それでも八時には上がれると思いますけど」
 それがなにか? と聞いてくる彼をいったん置いて、カバンを探り、牧野は財布を取り出した。そして中にしまっておいたものを、いきなり庄司に突きつける。
「これ、やる」
 ぱちくりと庄司が目を瞬かせた。
「なんですか、これ。鍵と……、カード?」
「たまにはおまえのほうから俺の部屋へ出向いてきたっていいだろう。俺は今晩遅くなると思うから、それを使って部屋の中で待ってろ」
 渡したのは、牧野が今住んでいるマンションの鍵だった。カードキーとディンプルキー、ふたつ揃っている。
「マンションのエントランスは暗証番号とカードキーで開くけど、部屋の扉はカードキーとこの鍵、両方使わないと開けられない。部屋の番号と、オートロックの暗証番号は……。おい、なにか書くものあるか?」
 すぐに庄司がショルダーバッグのポケットから小型のメモとボールペンを取り出し、差し出してくる。受け取り、右肩上がりの乱暴な字でマンションに入るまでに必要な情報を書き殴っていると、ふたつの鍵を眺めながら庄司が尋ねてきた。
「牧野さん、本当にこれ、もらっちゃっていいんですか」
 信じられないというような口調に、牧野は首を捻る。
「なにか変か? 俺だってこの部屋の鍵を持っているじゃないか」
「いえ、そうなんですけど……」
 口の中で呟きながら、戸惑っていた庄司の顔が、次第に得も言われぬ嬉しそうな表情に変化していく。その顔に、牧野はつい見惚れてしまった。こんな些細なことで喜んでいる男を、無性に可愛いと思う。
 別に意図したわけでなかったが、今のマンションに越してから、庄司を部屋に招いたのはこれが初めてだった。引っ越したことは教えてあっても、いつも牧野がこのアパートに直接出向いていたので、殊更招こうとも思わなかったのだが、どうやら庄司は牧野の部屋に来たいという気持ちがあったらしい。
 それならばもっと早くに呼んでやるべきだったと、牧野は彼なりに少々反省した。そうすれば、きっとあの部屋もあそこまで荒れることはなかったのに。
 そんなことをつらつらと考えていて、牧野ははたと、大事なことに気づいた。
 庄司に鍵をやるのはいい。だが、自分の分の鍵は? スペアは間違いなくどこかにあるはずだが、いったいどこにしまっただろうか。思い出せない。
 たしか入居するときにスペアをふた揃いほど渡され、一方をマネージャーの倉橋に預けた気がするが、残ったほうはそこら辺に適当に突っ込んだまま、それきりその存在すら忘れていた。仕舞い場所がどこだったか記憶を探ったが、数秒考えても思い出せず、牧野は自分でなんとかすることを潔く諦める。
「……庄司」
「はい?」
「その鍵はやる。やるけど、俺の分のスペアキーを、今晩部屋に戻るまでに探しておいてくれ」
 一瞬の沈黙。訝しそうに庄司が口を開く。
「スペアって……、今くれたのがスペアキーじゃないんですか?」
「いや、それは俺が普段使っているやつ。スペアキーは部屋のどこかにあるはずなんだが、どこにしまったか忘れた」
 スペアがなかったら俺が困るから、もし見つからなかったら今渡した鍵は没収な。
 そう言ってやると、また庄司は沈黙してしまった。複雑な顔で渡された鍵を眺め、ため息を吐いた彼の肩を、牧野は力強く叩く。
「まあ、たぶん部屋のどこかにあるはずだから、掃除をしているうちに見つかるだろう」
「掃除、ですか……?」
「仕事が忙しくて、部屋を片付けている暇もないんだ。だから適当に掃除しておいてくれ。あまり汚れていたら、お前も来たときに、気分が悪くて落ち着かないだろう」
 聞きようによっては相手を思いやっての台詞であると捉えられなくもないが、庄司もさすがにそこまで好意的には捉えられなかったようで、すっかりうろんな顔つきになっている。しかし牧野はお構いなしだ。
「それから、俺の部屋に来るときはちゃんと鍋釜持参してこいよ。お前が料理をしたくなっても、道具がなにもないからな」
「はぁ……」
 掃除の次は料理までさせるつもりかと、どっと疲れたように庄司が肩を落とす。今でも掃除も料理も庄司が率先してやってはいるのだが、こんな風に言われてしまっては喜ぶはずもない。そんな彼に駄目押しとばかりに胸を張って、牧野は言ってやった。
「言っておくが、俺の部屋のコンロは、バーナーが四口あるぞ」
「……」
 取って置きの自慢話にさぞかし喜ぶだろうと思ったのに、庄司の口から喜びのコメントは出なかった。そのことに若干の不満を覚えながら、もう一度牧野はDVDデッキに表示されている時間を確かめる。
 本格的に眠るだけの余裕はないが、まだいくらか時間があった。やはりあと三〇分くらい布団の中でのんびり過ごそうと決めて、牧野は携帯の電源を入れる。
 うっかり寝過ごしてしまわないようにアラームの設定をしていると、ふいに掌の中の機体がぶるぶると震え出した。次いでディスプレイにパッと表示されたのは、電源を切っていた間の着信履歴だった。留守番電話も、何件か入っているようだ。
 今度は牧野がうんざりする番だった。誰からの電話なのかは、確認しなくても分かる。それでも念のためとデータを開いてみれば、やはり着歴の一覧に並んでいたのは、自宅の番号ばかりだった。美穂里が掛けてきたものだろう。
 中に二件ほど紛れていた仕事関係の電話を確認してから、すぐさま牧野は残りのデータを消去した。そして自宅の電話番号に着信拒否の設定を施す。もっと早くにこうしておくべきだったと苦々しいため息をこぼしてから、傍らの男が物言いたげな顔でこちらを見ていることに気づく。
「なんだ。なにか文句でもあるのか」
「――着信拒否にしたんですか」
 携帯電話に美穂里の名をわざわざ登録などしていないから、傍から見ているだけでは誰からの電話なのかは分からなかったろう。しかし、庄司は何故だかひどく辛そうな顔で、牧野の携帯電話を眺めている。庄司だって、牧野が妻と連絡を取ることを喜ぶはずがないだろうに、なんでそんな顔をされなければならないのか分からず、牧野はますますつむじを曲げた。
「……なんだよ」
「いえ。ちょっと……、思い出してしまって」
 いったいなにをと顔をしかめかけ、しかしすぐに牧野は庄司がなにを思ったのかを察した。
 いま美穂里に対してしたのと同様に、牧野が庄司からの連絡を全てシャットアウトしていたことが、一時期あった。それは牧野にとっても、ひどく苦い記憶だった。

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