恋は語らず -Chapter.3-
1
それは去年の春のこと。晴れ渡った淡い色の空の下、うらうらとした陽光が今を盛りと咲き誇る桜を優しく包み込むのどかな一日に、私立星辰(せいしん)高校の入学式はつつがなく執り行われた。
校舎こそそれまでと変わったものの、内部からの持ち上がり組が大勢を占めるため、適度に緩んだ雰囲気で式をやりすごした生徒たちが、担任教師に引き連れられて新しい教室にドナドナされていく。
そんな互いに新鮮みのない顔ぶれの中にひとり、周囲から目立って浮き上がっている存在がいた。
通った鼻筋に絶妙に配置された目鼻立ち。絵に描いたように整った、完璧ともいえる顔立ちの中で、目尻だけが心持ち下がっているのが隙を生み、妙な色気を漂わせているその生徒は、まだ肉付きこそ薄いものの手足の長い、見事なプロポーションと長身を誇っていた。
入学式早々から馴れ合った空気を漂わせている周囲が少し居心地悪そうで、教室に落ち着いて担任の指示でひととおり自己紹介が行われてからも、泰然とした顔を装っていながら、実は落ち着かない内心を示してしきりに足を組み替えている。そんな彼にススス……と、物怖じせずに近づく小柄な少年がいた。
「ねえねえ早瀬(はやせ)ってさあ、中学まで峰華(ほうか)中央に通っていたのに、なんでわざわざ星辰に外部受験してきたの?」
同い年とは到底思えない、くりくりしたリスのような眼をした童顔の同級生に突然馴れ馴れしく話し掛けられて、早瀬武士(たけし)は眼を丸くした。なんと返事したものか戸惑って口ごもる彼の様子を見て取って、話しかけてきた少年はまず相手の警戒心を解くことにしたらしい。はきはきした明るい声で自己紹介を始めた。
「あ、おれ安永行成(やすなが・ゆきなり)っていうの。中学からずっと星辰なんだ。ていうか、うちの学校もそうだけど、峰華中央なんて幼稚舎からあるような学校、途中で外部受験なんかしたら、ペナルティとかあっていろいろ大変なんでしょ。なにかよっぽどのことでもあったのかなって」
隣り合った市にある峰華中央学園は、幼稚舎から大学部までの一貫教育を行っている共学の有名私立校である。資産家や有名人の子息が学内に多く、寄付金の多さで全国的に知られているような学校だ。
一方星辰はそういったサラブレッドたちの集うような学校ではないが、優秀な教諭陣が非常に質の高い教育を行う、中高一貫教育の名門校として、こちらも近県ではよくその存在を知られている。
外部のエスカレーター式私立校に中学まで通っておりながら、同じようにエスカレーター式私立校であるこの星辰高校にわざわざ受験してきた変り種の同級生を奇妙に思っていたのは行成だけではなかったようで、教室内にいたほかの生徒たちも、行成の言葉を漏れ聞いて興味深げにこちらに視線を向けてきた。つい先程の自己紹介のとき、早瀬が出身中学を口にしたところ、教室内にどよめきが起こったくらいなのだ。みんな行成のように率直に口には出せなくても、同じ疑問を抱いていたようだった。
入学式で新入生代表として壇上に立った土岐雅義(とき・まさよし)も、読んでいた本から顔を上げて、隣の席からちらりと視線を寄越してくる。だが彼の場合この話題に関心を覚えているのか、早瀬たちが話しているのをうるさく思っているのかいまひとつ分からない。
感情をあまり映さない冷めた眼差しに見詰められた早瀬は、気圧されたように少し目を逸らしながら、何か嫌なことでも思い出したようにちょっと苦い顔になってこう答えた。
「……むこうの学校に厄介なやつがいたんだよ」
Copyright(c) 2009 SukumoAtsumi All rights reserved.