琥珀色【前編】

prologue

「―――なぁ、おまえ結婚しろよ」
 自分の結婚が決まったとき、彼は恋人にそう言った。
「俺だけが結婚しても、おまえが独り身のままじゃ、いつまでも変な噂が消えないだろ。それじゃ困るんだ。だから、おまえも結婚しろよ」
 勝手なことを言われて、それでも恋人は怒り出したりはせず、ただ瞳をやけに深い色に染めて彼を見つめた。そして言葉の真意を測るように、そのまましばらく何も言わなかった。
 長い沈黙が続いた。重い空気に次第に居たたまれなくなってきて、彼が視線を外しかけたとき、恋人は一度だけゆっくりと深く頷いてみせた。
「……分かりました」
 自分の言い出したことを思いのほかあっさりと了承され、彼は身勝手にも、自分でも驚くほど大きなショックを受けた。だがそんな彼にはもう眼もくれず、恋人は背を向けると、静かにその場から去っていった。


 ほどなくして恋人は約束したとおり、可愛い女と結婚し、そして同じく結婚したばかりの彼の妻は、まだ抱いてもいなかったのに子どもを(はら)んだ――……。

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